電源物語

Vol.23:一次電池・二次電池/乾電池・湿電池???

2013年です。 今年もよろしくお願いいたします。

新年早々、期待の最新鋭旅客機、ボーイング787機が、トラブルに見舞われていますね。 特に7日(現地時間)アメリカ、ボストンの空港で起きた日航機のバッテリーからの出火事故。 そして、16日に山口宇部空港発羽田空港行の全日空機での煙と異臭に寄っての高松空港への緊急着陸では、乗客が、緊急脱出するという事故が、起こりました。

いずれも搭載されている電気機器のためのバッテリーに起因するものと報じられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

  全日空機のバッテリー(MSNより)

搭載されているバッテリーは、日本製で、弊社もUPSを取り扱っている「GS-ユアサ」社製のリチウムイオン電池だそうです。

UPSはこちら⇒http://www.gs-yuasa.com/gyp/jp/products/index.html#lithium

UPSのお問い合わせは、弊社までどうぞ⇒http://home.gyps.gs-yuasa.com/products/ups/

さて、詳しい事故原因の分析は、当局にお任せするとして、今回の電源物語は、バッテリーや電池についてのお話しにしたいと思います。

そもそも、電池とは、何か?電圧の高低差である電位差を意図的に連続して作り出して、維持し続けるための道具?のこととある書物には、書いてあります。 その電池も大きく分けると2種類あります。 電気店やコンビニエンスストアで販売され、懐中電灯や小型ラジオや昔ラジカセに使われている乾電池やボタン電池と呼ばれている使っているうちに電圧が下がって、寿命が減って使えなくなり、捨てられてしまう電池が、一次電池です。 一次電池も種類によっては、電圧を掛けて充電すると何度も使えるようになるものもありますが、ほとんどは、液漏れや破裂の危険性がありますので、一次電池は、電圧が下がったら、廃棄します。 今回の事故は、このような事象が発生したようですが、蓄電池でも過充電や過放電によって、同様のことが起こりうる可能性があります。 でも、実際は、保護回路が働いて、事故を未然に防いでいますので、安全です。

これに対して二次電池は、電池内部の電気を放出した後(放電)でも、逆方向に電気を流して(充電)、再び電池が、機能を回復して使えるようになります。 これを一般的には、「蓄電池とかバッテリー」と呼ばれています。

更に別の分類をすると化学電池と物理電池と言う分け方もできます。 これは、電気を発生させる仕組みを分類したものです。 化学電池は、乾電池など、電池の中の電解物質が、化学反応を起こすことによって電圧を発生させている電池のことです。 一方の物理電池とは、太陽電池に代表されるように太陽の光エネルギーを直接、電気に変換する装置で、電気を蓄えることはできません。 ソーラーカーが、曇りなど、太陽の光が、無くても走行できるのは、太陽電池パネルが、生み出した電気を車体内部の化学電池であるバッテリーに蓄えているからです。

 

 

 

 

 

 ←左側4本が、一次電池の乾電池。右端が、充電式の乾電池で、二次電池。

 

 

 

電池の歴史を遡れば、有名な「ボルタの電池」に辿り着きます。イタリアの物理学者のアレッサンドロ・ボルタが、1799年に発明しました。(1800年という本もありましたが、最初に見た本が、1799年でしたので、使います。)

しかしながら、ボルタの電池は、すぐに起電力が無くなるという欠点がありました。その後、1836年イギリスの化学・物理学者のジョン・ダニエルが、素焼きの容器で、電解液を分離してプラス側に硫酸銅溶液、マイナス側に硫酸亜鉛溶液を用いて起電力の変化の少ない気体も発生しない改良した「ダニエル電池」を開発しました。

 

 

 

 

 

 

ボルタの電池 Googleより引用

 

 

 

 

 

 ←ダニエルの電池

 

 

http://www.geocities.jp/hiroyuki0620785/battery/daniell.htm

1857年(嘉永7年)黒船で、やってきて、徳川幕府に開国を迫ったペリーの献上品の中にこの電池があったと言われているそうです。ペリーが持ってきたこの「湿電池」は、溶液を取り換えるにも細心の注意が必要でした。硫酸の溶液ですから、危険極まりないです。その液を使わない電池、「乾電池」と言う名称を先に決めて、開発に取り掛かった日本人が、 屋井先蔵です。

1883年のパリ万国博覧会に日本が出展した電気式羅針盤に使われた電池が、世界で最初の「乾電池」でした。

それでは、二次電池として歴史は、どうでしょう。1859年フランス人、ガストン・プランテによって、「鉛蓄電池」は、発明されました。最初の「鉛蓄電池」は、布で絶縁した2枚の鉛板を巻き付けて希硫酸の溶液入り容器に浸したものでした。

1880年代になって、ペースト式の極板電池が、フランス人のカミュ・フォールによって発明され、鉛-アンチモン公金格子の出現によって鉛電池の量産化が図られました。日本では、1897年、島津源蔵によって、初めて蓄電池の試作に成功し、据置型、可搬型など、大容量の電池が、多く用いられるようになりました。ちなみに島津源蔵は、鉛蓄電池を作製し、これは後に改良され「GS蓄電池」(GSは島津源蔵(Genzo Shimazu)の頭文字から)となった。 島津製作所の創業者一代目島津源蔵の二代目に当たる人で、GSバッテリー、日本電池の生みの親です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

http://www.gs-yuasa.com/gyp/jp/products/index.html#lithium/より引用

鉛蓄電池の単電池(セル)当たりの電圧は、2Vですが、自動車用やUPSなどでは、電池ケースの中に単セルが、直列につながれて、12Vや24Vとしています。 古いタイプの鉛畜電池は、電解液が、液体のために横倒しに出来ませんでしたが、最近の密閉式シール鉛蓄電池は、不織布に硫酸を含ませて保持する技術によって実現しています。 鉛蓄電池は、放電時、酸化鉄が、減極剤を兼ねていて水素の発生を防ぎます。 そのため、水素分子による分極作用は、起こらずに電池の性能は、維持されます。 ただし、水が増えてきて、硫酸の濃度が落ちてくると放電が続いていることによって、 性能が落ちてきます。 単セル辺りの電圧が、1.8V位に電圧が、落ちてくると充電の必要があります。 反対に充電の場合は、外部から2Vより高い電圧を加えます。 すると放電のために増えていた硫酸鉛のうちの鉛イオンは、プラスですから、負電極に移動して、電子をもらって、鉛に戻ります。 逆に硫酸イオンは、マイナスですから、電子を与えられて水にすぐ反応して、硫酸と酸素を発生します。 この酸素は、正極の鉛と化合して酸化鉛を作り、放電前の状態に戻ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

http://www2s.biglobe.ne.jp/~casa/g-tokusyuu-0112.htmより引用

以上、駆け足でしたが、簡単に電池についての電源物語でした。 鉛蓄電池は、主に自動車や船舶用に広く使われていますし、 UPSも鉛蓄電池です。 また、リチウムイオン電池は、ノートパソコンや携帯電話のバッテリーとして普及しています。 安定した電流を供給できる、寿命が長い、充放電に強い、大電流に強いなど、用途のあった蓄電池を正しく使いましょう。 また、忘れた頃に更新しますので、お付き合いください。

2013年1月23日

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